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 かく考えれば、詩と芸術、詩人と芸術家とは、必ずしも同一異名の言語でなくして、どこかに或る質の違った、精神を別にするものがあるように思われる。すくなくとも「詩」の定義は、「芸術」の定義と同じでない。もしそうならば、宗教の経典や、或る種の哲学書のような、純粋の意味で芸術品と言えないものが、より純粋であるところの、真の芸術品たる美術や小説の類に比して、却って詩的であると言うことは不思議であり、認識上の混乱した矛盾になる。故に詩と芸術とはたしかに別々の言語に属し、厳重の意味に於て区別される。そこで次に起る問題は、詩人とは何ぞや 芸術家とは何ぞや? という、二つのはっきりした質問である。ず前の問から答えて行こう。
 詩人とは何だろうか? 言うまでもなく詩人とは詩的精神を高調している人物である。では詩的精神とは何だろうか? それについては前に述べた。即ち主観主義的なる、すべての精神を指すのである。故に「詩人」の定義は、一言にして言えば「主観主義者」である。詳しく言えば、詩人とはイデアリストで、生活の幻想を追い、不断に夢を持つところの人間夢想家ヒューマンドリーマア。常に感じやすく情熱的なる人間浪漫家ヒューマンロマンチストを指すのである。されば実の詩人は、常に空想的なる旅行家、冒険家、革命家、宗教家、哲学者等に見る範疇はんちゅうで、言語の純粋な意味に於ては、彼等こそ真の詩人と言うべきである。そして芸術家としての所謂いわゆる詩人も、この気質的なる本質では、常に彼等の人間夢想家ヒューマンドリーマアと一致している。例をあげてみよう。おおむねの所謂詩人はその通りで、ことごとく皆一種の求道者であり、旅行家であり、哲学者であり、革命家であり、実在的ニヒリストであり、そして要するに情熱的なる人間生活者である。
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